
Tokai LS200 Collection
※LS-200は1983年以降、TLS-200へと機種名が変更される。本ページでは両者を一連のモデルとして捉え、TLS-200についてもLS-200系列に含めて扱うことにする。
1970年代末から1980年代初頭、日本のギターメーカーは、それまでとは明らかに異なる水準で1950年代から60年代のアメリカ製ギターの再現に取り組み始めた。その時代を象徴する一本が、東海楽器のLSシリーズである。1978年にLes Paul Rebornとして登場し、Reborn Old、そしてLove Rockへと名称を変えながら発展していったこのシリーズの頂点に置かれたモデルがLS-200だった。当時の定価は20万円。
LS-50、LS-60、LS-80、LS-100、LS-120、LS-150と続くラインナップのさらに上に置かれた数字であり、当時の国産エレキギターとしてはGrecoやFernandesのフラッグシップモデルと並んで明らかに特別な価格帯であった。
しかしLS-200の興味深さは、単に「最も高価なモデルだった」ということだけではない。
このギターは受注生産品であった。「受注生産」。なんと甘美な言葉であろう。
しかし現在LS-200について調べていくと、この「受注生産」という言葉の曖昧さが引っ掛かってきた。私はこれまでLS-200、そしてTLS-200を合わせて6本所有してきた。同じ型番のギターを何本か比較すると、当然ながら個体差が見えてくる。しかしLS-200の場合、その違いは単なる木材の杢や重量の差という範囲にとどまらない。トップの表情、ピックアップ、塗装、細部の仕様などに違いが見られる。最初のうちは、「受注生産なのだから、一本ずつ違っていて当然なのだろう」と考えていた。しかし、そのうち別の疑問が生じた。そもそもLS-200における「受注」とは、誰が誰に対して行っていたものだったのだろうか。
そもそも「受注生産」とは具体的にどのような受注形態だったのか
「受注生産」と聞くと、現在では購入者がメーカーや楽器店を通じて注文し、好みの仕様を指定して製作してもらう、いわゆるオーダーメイドに近い姿を想像しやすい。私も当初はそのように考えていた。しかしLS-200について長く調べてきても、
「私はトップ材をこの中から選んだ」
「ネックをこの太さに指定した」
「このピックアップを載せてもらった」
というような、当時の購入者による具体的な注文体験を聞いたことがない。もちろん、そうした注文が存在しなかったという意味ではない。資料が残っていないだけかもしれない。しかしもう一つ、かなり現実的に考えられる販売形態がある。それが販売店から東海楽器への受注である。当時、東京をはじめ各地の有力な楽器店がLS-200を東海楽器へ発注する。販売店は日頃からギターの人気の流れを把握し多くのギタリストと接しているから、どのようなギターが好まれるかをよく知っている。
そこで、
「トップは派手なものを」
「この色で」
「このピックアップで」
「このような雰囲気の一本を」
といった希望をメーカー側に伝える。そして完成したLS-200が店頭に並び、それを見た客が気に入って購入する。もしこの形態が存在していたならば、「受注生産」という言葉の意味はかなり違って見えてくる。
実は大学時代に同じバンドメンバーだったT君は1980年代初頭にLS-200を購入しているが,彼は池袋のイケベ楽器の店内に吊るされていたLS-200を購入している。もちろん新品である。
もし受注生産という言葉が、購入者による自由度の高いオーダーメイドだけを意味していたのであれば、LS-200と並んでLS-150まで受注生産品として設定されていたことには、いささか不思議な印象も残る。
もちろんカタログに「受注生産」と謳っている以上,楽器店や東海楽器本社にオーダーメイドとして発注しようとした購入者もいたであろうことは想像できる。私の所有しているゴールドパーツにGibson刻印PAFを搭載したLS-200は、ショップが一般的な売れ筋を考えて発注したものとは少々考えにくい仕様である。そこには明らかに個人的な嗜好を感じさせるものがあり、この個体については特定の購入者からの注文によって作られた可能性を考えたくなる。
想像するに,この受注形態はショップ受注と個人受注が並行していた可能性が高い。
いささか前置きが長くなった。LS-200というギターについて考えていると、どうしてもこんなところまで気になってしまう。
それでは、私の手元に集まったLS-200/TLS-200をご覧いただきたい。





